昨日は8月1日の日曜日。8月1日と言えば、大阪では有名なPLの花火。
(Googleの今日ブログで話題になったことで、トップになっていたので、花火大会としては全国的にも有名かもしれないですね)

本当に綺麗でした。この花火を見ながら浴衣っていいなと思いました。

本当に綺麗でした。この花火を見ながら浴衣っていいなと思いました。

私は大阪に来て、かれこれ25年になりますが、今までPLの花火を間近で見た事がなかったのです。
昔はPLの花火会場からそんなに遠くない八尾市に住んでいましたが、住んでいたマンションの屋上に上がって、遠くに見える花火を一人で眺めたり、夏場に忙しい仕事をしていて、遠くに聞こえる音だけを聞いたりと、近くまで行って見る機会がなかったのですが、昨日は日曜ということもあり、午前中から家族と一緒に現地に向かい、iPadで情報をかき集めたり、現地で聞き込みをしながら、ベストポジションを陣取ることができました。

昔、私は人口3万人程度の田舎町に住んでいましたが、子ども時代の夏の思い出は、夜空を彩る花火の記憶。大爆音で、パッと空が明るくなり、子供心にその美しさに魅了されたことをよく覚えています。

田舎町のイベントなので、打ち上げ場所にすぐ近くまで行くことが出来て、花火とは当然そんな場所で見るものだと思っていました。

でも、大阪に来て、都会の花火大会は、近くで見るのも一苦労なのだと知って、マンションの屋上や、人がまだ少ない川原などで見るのが精一杯でした。

久しぶりに見た花火はそれはそれは大迫力で、それまで暗闇だった夜空を一際明るく照らし、少し遅れてズシッと響く爆音。もっと遅れて鼻に届く火薬の匂いは、まさに夏の夜空をキャンバスにしたアートそのもの。

二度と同じ色や形や組み合わせを見ることが出来ない儚い美しさを改めて感じました。見方は人それぞれあると思いますが、そんな儚さや一瞬の輝き、目を見張る美しさに、今も昔も人々は魅了されているのではないかと感じました。

華やかなだけでなく、その儚さも花火の魅力。女性は花火を本能的に好むのではないかとも思いました。

華やかなだけでなく、その儚さも花火の魅力。女性は花火を本能的に好むのではないかとも思いました。

花火大会の会場では、昼間から多くの人が押し寄せて、ピーク時には若い女の子達が、綺麗な模様の浴衣を着て、行き交っていました。

浴衣が特に綺麗なのは、柔らかな生地の質感と調和した女性ならではの体型もあると思うのですが、黒髪に派手な飾りを付け、紺や黒を基調として、アジサイなどの花をあしらったデザインと、色彩のコントラストに日本ならではの美意識を感じます。

昨日、大迫力の花火を見ていて、夜空に咲いた極彩色の花々が、日本の浴衣を象徴しているように思えました。儚く美しい瞬間を大切に楽しむ、その表現を身にまとう。

ファストファッション全盛で、衣に対するこだわりや価値観が薄れてきたような論調もありますが、特に女性は本能的に美に対する欲求を持ち続けているのではないかと思います。

そんな事を思いながら、花火の写真を初めて撮ったのですが、シャッターを切りながら、山下清の表現力と感性を改めてすごいなと感じました。心の底から「きれいだな〜、楽しいな〜」と思って、強く記憶に残った花火を描いたのでしょうね。

山下清の表現力に改めて感心しました。見物する人々の表情も含めて、この瞬間が彼の目には焼き付いていたんでしょうね。

山下清の表現力に改めて感心しました。見物する人々の表情も含めて、この瞬間が彼の目には焼き付いていたんでしょうね。